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Being Myself
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さらなる一歩
カウンセリングを受けることにした。

自分の過去を振り返り、自己分析していくと、
私は毒親育ちどころか、毒家族育ちだったことに気がついた(笑)

もう自分の力だけで立ち直ろうとするのは諦めて、
他人の力を借りることにしました。

いやぁ~、私と弟は年子なので、弟が産まれた1歳の頃から、
私のメンタルは両親と祖母そして弟から、さらには叔母からまでも、ゴリゴリと削り取られていったことに気づいてしまったのです。

カウンセリングの申し込みをした時、簡単に状況を説明すると、
先方から、他のカウンセラーがいるにも関わらず、所長がカウンセリングをすると申し出があり、
あぁ~、なんか、私のケースって、複雑なんだなぁ~と。
納得したというか、やっぱりね、と言うか。
まぁ、真意は分かりませんがね。

カウンセリングを受けたからって、自分自身が変わらなければならないことに変わりはないけれど、
一歩踏み出せたんじゃないかな?とは思っている。

みんな、いろいろと抱えて生きているのだとは思うけれど。
自分を大切にすることから始めないと、他人を大切になんてできないと思うから。

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自分が求めてたもの
まだ心が不安定なのか、書店で心理学やスピリチュアル関係の本を見てたら、
読んでみたくなったので購入した。

自分は一体何を求めてるのか・・・。
子どもの頃からずっと毒親に振り回され、社会人になってからも、お堅い会社で正社員として長年働いてきた私。
思えばずっと、自分を殺して生きてきた。
一体自分は何を望んでいるのか、わからなくなっていた。

女性の私は父親のスピリットに対して、愚痴でも何でも言いたいことを言ってみるといいと書いてあったので、
心の中で言ってみた。

すると見えてきた。自分がずっと望んでいたこと。
それは「自由になりたい」とういう願いだった。
それなら今、その願いは叶っている。

すっと心が軽くなった。
そうすると、自分の周りの自由に生きている人も許せるようになった。
あの人は何でいつもこうなんだ・・・って思ってイライラしてたけど、許せるようになった。
どうぞお好きになさいませ(笑)
私も自由にさせていただきますわ(笑)

知らず知らずのうちに、常識やらルール、親の言う事に従うことを求められ、
自分で自分を縛り付けていた。
それを他人にも求めていた。
受け入れていると思っていたけど。

自分の心は自由じゃなかったんだ。
自分は許さず他人だけを許そうとしていたから、苦しかったんだ。
他人には押し付けてはいけないけど、自分には押し付ける。
そんなルールで自分を縛り付けていた。

自分も許し自由な心にならなければ、
心の底から他人を許すことなんて出来ないんだ。

少し楽になれた。
(人''▽`)ありがとう☆

心と身体
昨夜は驚くほどグッスリ眠れた。
そのおかげか身体も軽く感じる。
この軽さは、数か月振り?半年振り?1年振り?というくらい久しぶり。

喪失うつ(と言うらしい)の出口がようやく見えてきたような気がします。
やっぱり心と身体はリンクしてるんだね。
心が疲れていれば身体も疲れる。
身体が疲れていれば心も疲れる。

ここまで頑張って生きてこれた事に感謝。
ここまで頑張って生きてきた自分に感謝。

(人''▽`)ありがとう☆

今日は一日、しとしと降る暖かい雨。
真冬の冷たい雨は嫌だけど、こういう静かで温かい雨の日は好きだな。

子どもの頃から好きだったなぁ。
気持ちのいい晴れの日も好きだけど、
な~んとなく「出かけなきゃいけない」というプレッシャーから解放されて、
一人静かに家の中で好きなことが出来る日。
誰にも遠慮のいらない、邪魔されない、ゆったりとした時間。

子どもの頃から疲れてたんだなぁ~。私(笑)
まぁ、第一子長女の役割と責任を完璧に果たすことが求められ、
私に対しては無限に厳しくするという教育方針を、親の口から直に聞いた時のことは、
今でも脳裏に焼き付いている。
忘れようにも忘れられないわ。
水には流したけどね。
そういう時代だったんでしょうね。田舎だったし。

当時は田舎でも親に反抗して非行に走った子もいたけどね。
学校が荒れてた時代でもあったし。

でもまぁ、私はなんて素直な子だったんでしょう(笑)
何度か家出したことはあったけど、
おとなしくて、そこそこ勉強が出来る子どもだったから、
いじめられることが多くて、頼れる友達もいなくて、
結局、家に引き返すことになったんだよね。

そして、大学卒業して就職。
実家から通勤しながら、こっそりお金を貯めて、
大学時代の友人を頼って、ついに家出に成功!
もう大人だから、家出というのもおかしいけどね(笑)
それからというもの、必死で働いたわ。

今日はここまでにしよう。
昔話をしだしたらキリがなくなってしまう。
重たいものを少し吐き出したくなったんだよね。

読んでくださって、(人''▽`)ありがとう☆

理想と苦しみ
もし目の前に2つの道があったとしたら。
私はどちらの道を選んだとしても、苦しみから逃れることは出来ないと思うのです。
もちろん幸せなこともあるだろうけど、不幸なこともあると思うのです。

じゃあ、苦しみはなぜ起こるんだろう。
それはありもしない理想を思い抱いて、その理想通りにならないと苦しくなるのだと思うのです。
もちろん人間だから理想くらい持って生きるだろうし、悪いことだとは思わない。
だけど、現実から離れれば離れるほど苦しくなるのではないかと思うのよね。

じゃあ、理想に近い道を選べばいいんじゃないかって思うよね。
だけど、現実は(中長期的に見て)自分の思い描いた通りに事が運ぶなんて考えられないし、そもそも自分が選びたい道を選べるとは限らないと思うんだよね。私は。

まず、他人って自分の思い通りにすることは出来ない。いくら努力したって出来ない時は出来ない。
たとえば、縁やタイミングのように自分ではコントロールできない力(他力)で人って導かれているような気がするんだよね。
だから努力なんてしても無駄ということでもない。

努力したければしてもいいと思うのです。したくなければしなくてもいい。
だけど、努力してもうまく行くとは限らないというリスクも覚悟の上でした方が、うまく行かなかった時のショックは最小限に抑えられるかもしれない。
うまく行った時は努力したという自力だけではなく、「たまたま」という他力の方が大きい場合もあるとも思う。

人事を尽くして天命を待つ。という考え方。
それでも、どうしても苦しくなったら逃げるという選択肢もある。

じゃあ、一体私はどうしたらいいの?って考えるよね。
その時ふと思ったことに従って、動いていけばいいんじゃないのかな。

今現在の自分を見て、もがき苦しむよね。
そして、自分の中にある重たいものを身体の外へ出し切りたいと思うよね。
そうやって出し切った後、「幸せになる」という覚悟が向こうからやってくるんじゃないのかな。
いつかはわからないけど。
今はそういう時期なんじゃないのかな。
これも「たまたま」だから。
自分のせいじゃないから。。。